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2010年01月10日

101記事目のブログ考。


人を惹きつける文章というのがある。

目の前をただ通りすぎるのでなく、思わず手を止めてしまったり、
あるいは余韻の残る文章というものが。



* * * * * *


◆ 始めるまで ◆


いつかは何らかの形で物書きとして身を立てていきたい、という幼い頃からの夢がある私は、
しかしつい最近までずっと、ブログという媒体に対しては完全なる受身の側だった。

ブログにも色々ある。
ビジネス色の強いものから、個人なりに情報を発信する明確な意志のあるもの、単純な日記形式まで。
いずれにしても、意外と人柄の滲み出るものだということに気づいた時、
このオンラインで繰り広げられる十人十色の世界感に興味を持って読者となった。


まだ東京にいた頃、あるきっかけから心に留まった有名ブログを書くBさんと仲良くなった。
そこからご縁も広がって、企業から取材依頼まで来るような超人気ブロガーの方々とも
知り合うような光栄な機会が増えても、
私自身がずっと好きだったのは、最初に見つけたBさんの文章であり人柄だった。
人を惹きつけるとは、そういうものなんだと思う。


その後、実生活で色々あり、しばらくブログの世界とは縁遠い人間になっていたのだが、
経緯あって上海に移り住むことになり、これは私にとって再スタートとも言うべき人生の岐路だった。
そこで、新生活を始めることを機に、これまでは受身だったブログというものを、
今度は発信する側になってみようと決めた。



◆ 始めるのは簡単なブログ。けれど続けていくのは… ◆


あくまで一個人のブログ。趣味の一環。
アフィリエイト等をここでやるつもりもないので、生業にもならない。
何事も経験、と思って始めてみたはいいが、
特に目的意識もなく続けるには意外と時間も割かれるものと知り、
何のためにやっているのかも見失いかけ、モチベーションも下がって行き詰まっていた頃・・・

私の惹かれる文章が綴られた、上海在住のとある人のブログと出会った。


読み応えのある内容が、心に入りやすく残りやすい表現と、小気味良いテンポで展開されていく。
どちらかというと情緒に偏りがちで核の見えにくい私の書くものとは対極の、
私には書けないからこそ憧れるタイプの、洗練された文章だった。


そして去年の秋、私は彼と実際にお会いすることになり、
(因みに、そういうものが書ける人の話っていうのはやっぱり面白いもんです)
その時交わした会話のすべてと、彼が何気なく口にした一言が、

「ブログというごく個人的なものではあっても、
 それを“自己表現の場の1つ”として捉え、真剣に向き合ってみよう
と私に決心させた。

その先にこそ、何か見えるものがあるはずでしょう?と。



* * * * * *


そんなきっかけをくれた彼のブログ、
(残念ながら)過去のものは更新をやめられて、今はちょっと別の形をとって発信されている。


◆ 紹介 ◆

それが今回ご紹介する、San Ren Xin

(前置き長っ。すみません…)


読ませる彼らのブログで最も興味深いのは、やはりその「お題をまわす」という点だ。
格好よく言うと、テーマリレー型。(プロフィールより抜粋)

そもそもブログのいうのは、誰しも、いずれも、何かしらのお題をもとに記事を書いている。
その記事のタイトル、もしくはそのブログ自体のテーマ、所属しているカテゴリなどにおいて。

しかし、(商業ブログ等を除き)多くの個人ブログは、
別に小論文の試験でもないので、自分が得意であったり興味のある分野や、
普段の自分で思いつく、または自身が書きたいと意気込むお題のネタを無意識に集めがちである。
かく言う私もそうだ。
だから、どうしても偏りは出やすいように思う。
(それはそれで味であり特徴の1つなので、それが悪いとかではない)


が、その点、友人といえど他人3人でテーマリレーをしようとすれば、
当然自分が予想だにもしないお題が回ってくることもあり、それがきっかけで
普段の自分の生活では考えもしないような視点を切り口に、物事を考察せざるをえなくなる。
しかも、自分の書いた記事に対してはやはり、
内輪にも、そして世間様にも恥ずかしくないよう、ある程度内容に責任も持ちたいだろう。

これは、積み重ねると大変な文章力を磨く作業になると思う。
試験のためでも、仕事のためでもない、趣味の一環にすぎないブログであっても、
その媒体はもはや問題ではなく、
こういうことを通して培う力は、必ず何かの役に立つ。


似たようなことを、私も中・高校生時代にやったことがある。
部活内で毎月テーマを決めて、そのテーマに沿った小説・詩・コラムを決まった枚数で書き上げ、
部の月刊誌にまとめて発表する、という作業。
(因みにテーマは様々。「森羅万象」とか「赤」とか。「10m飛ぶ茄子」なんてのもあった。笑)

出した作品に対しては、思春期特有の無遠慮さも剥き出しに批評し合い、互いに切磋琢磨した。
方向性や得意分野、持ち味は皆それぞれで、杓子定規では測れないものでもあったが、
それでもジャンルを超えて、上手い人というのはやはり上手かった。

人を魅了する文章を書いていた。


当時、学業との両立を計りながらこれを毎月こなすのは結構しんどかったが、
今にして思えば意味のある行動だったと思う。
壁にもぶち当たり、筆が止まってしまった時もあったが、
「自分らしさの出る文章」というのを常に模索して、次第に辿り着いた。
それは今でも私のベースになっている。



* * * * * *


◆ これまでの総括 ◆


自覚しているのは、自分の文章には往々にして、
情緒的もしくは感情に任せた表現で人の共感を得やすいところはあっても、
論理的にというか、絶対的に人を納得させてしまうような魅力には欠ける、ということ。

右脳に働きかける部分と、左脳に働きかける部分と。

本来はこのバランスが重要で、どちらもをうまく凝縮させ、余計なものは削ぎ、
畳み掛けるようなテンポの良さを意識しながら言葉を選んで書かないと、
その文章は読者の頭に入っていかず、ただ目の前を通り過ぎるものになってしまう。

心に余韻を刻む鮮やかな一節を、どれだけ紡ぎ出すことができるか?



そして、もう1つ。

どれだけ上手な言葉を使っても、物事をただ見たまま伝えるのだけでは足りない。
きちんと観察した上で、そこから一歩踏み込んで自分なりの考えなり視点なりを表さなければ、
本当の「付加価値」は生まれないのだと思う。


分かってはいるのだけどね・・・
そこは自分としても今後の課題。日々是精進。



◆ つまり、言いたかったことは ◆


こういった力が、San Ren Xinを綴る彼らには既にあると感じられる。
だから文章だけで人を惹きつけることができる。
その才能が早くから備わっているのは、本当に羨ましい限り。

これからも興味深い記事をどんどん読ませて下さい。
お忙しそうなので更新頻度が低いのが唯一残念な点ですが(笑)
いつも楽しみにしています。




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posted by 蜜 at 18:38| Comment(6) | TrackBack(0) | others>ブログ関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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